2014年10月9日木曜日

続 アニメ「ハイキュー!!」の凄さ

 予告した「ハイキュー!!」讃の続きを書く。

 前回分析したように、まずは相手方の高度なプレーを描いて敵の「凄さ」を感じさせておいて、次は、その実力差をひっくり返す可能性のあるこちら側、主人公のプレーをどう描くか。
 先述の通り、主人公の一人、日向の武器は爆発的な瞬発力を生かしたワイド・ブロード(広範囲な移動攻撃)なのだが、これも、毎度同じようにアニメ技術だけでそのスピード感や力感を描くだけでは「凄さ」のインフレを起こしてしまう。どうするか。
 まずは後衛にいるとほとんど戦力にならない日向が前衛に回ってくる期待感を、敵のキーマン・及川の「不安」として描く。ローテンションによる日向の前衛交代を「ああ、いやだ」と迎える及川の目からは日向が「ウォームアップ・ゾーンでフラストレーションを溜めた小さな獣」と表現される。そうしたナレーションに被る日向の表情は静止画で描かれ、コートに入る喜びに、憑かれたような白目がちだ。
 こうして期待を高めた上でのお約束のブロードなのだが、これも、単に決めたのではそれこそ「お約束」になってしまうだけだ。だから、ここぞというときには特別な見せ方をしなければならない。今回のアタックでは、例によってスローモーションを交えた緩急のある描写でダイナミックスを感じさせた上で、そのあまりのスピードにブロックが付いて来られないばかりか、相手コートに突き刺さって大きくバウンドした後に、登場人物の何人かのバストショットに息を飲む音声を被せるだけの静止状態を描いて、たっぷり間を取ってから体育館内が一気に歓声に包まれる、という演出で見せるのである。
 もちろんこれとても、そう何度も使える演出ではない。今回限りの使い捨ての覚悟で描かれた演出かもしれない。ともあれ、この「神回」ともいえる23話では、このようにして敵のプレーと主人公側のプレーのそれぞれが、高いレベルで拮抗する「凄さ」を、観る者に感じさせて始まるのだった。

 「ハイキュー!!」はまた、何というか「文学的」なマンガだ。優れたスポーツマンガが文学的になる例は、先述の「ピンポン」も、ひぐちアサの「おおきく振りかぶって」も、新井英樹の「SUGER」も、坂本眞一の「孤高の人」(登山がスポーツかどうかは微妙だが)も、決して類例がないわけではないが、「少年ジャンプ」に載って少年少女に広く読まれているこの作品が、このレベルで「文学」なのは喜ばしいことだと思う。
 スポーツマンガが「文学」であるかどうかは、つまりそれがどれほどスポーツという行為や戦いの意味について、その競技の本質について考察しているかにかかっている。そしてそれを語る言葉が、何というか「文学的」なのだ。
 例えば、この23話でいうと、ラリーの続くシーソーゲームに被せて、応援に来ているOBが次のように語る。
 バレーは、さ、とにかくジャンプ連発のスポーツだから、重力との戦いでもあると思うんだ。囮で跳び、ブロックで跳び、スパイクで跳ぶ。さらにラリーが続いて、苦しくなるにつれて思考は鈍っていく。ぶっちゃけ、囮とかブロックはサボりたくなるし、スパイクも誰か他のやつ打ってくれって思ったこともある。長いラリーが続いたときは酸欠になった頭で思ったよ。ボールよ、早く落ちろ。願わくは相手のコートに。
こうして、観る者(あるいは原作の読者)は、そのラリーを体験する選手の内面に心を重ねていく。こうした心理描写と、なおかつその客観的な考察が、プレーを観る者の思考のレベルを引き上げてくれる。

 それでもやはり厳然と実力差はある。マッチポイントに向けて、じりじりと引き離されていく。むしろ観る者の期待を高めた上で、ここぞというときに主人公のアタックもブロックされる。
 ここで「流れを変える」ためにコーチのとった作戦はピンチサーバーの投入である。コートインするのは試合には初出場の控えの一年生。もちろん彼が個人的に練習時間後にサーブを習いにOBを訪れるエピソードが、以前の回で描いてあってこれが伏線となっている。だがそのサーブはまだまだ決定率も低く、習得過程に過ぎない。はたして物語はこの交代をどう決着させるか。
 まず交代するサーバー本人は意気揚々とコートインするわけではない。それどころか、重要な場面での突然の抜擢にすっかり萎縮している。コートに入る瞬間も、たっぷり間を取って描かれる。白線をまたぐ逡巡を「この線の向こうは違う世界だ」というナレーションとともに描いてから、コートに入った瞬間、熱気が彼の顔を襲い、髪が後ろに流れる「心象描写」が続く。コートに立つ味方も敵も、揺れる炎を背景にして険しい顔をしている。
 だが一方で彼の緊張を描くばかりではない。実はコートに立つチームメイトもまた、初出場の彼の緊張を痛いほどわかっていて、その緊張に感染してしまっていて、だがそれを表には出すまいとしているのである。前述の「険しい顔」は、視点を変えてみるとまったく違った意味合いであったことが明らかになる。
 だがその緊張を彼に伝えまいとみんな必死に平静を保っている。彼の緊張を和らげようとするベンチの控え選手の気遣いや、それでも緊張の余りサーブゾーンでボールをバウンドするうちに自分の足に当てて、コート外にボールが転がってしまう痛々しさを描いてから、またしても先述のようなナレーションによって、この場面でサーバーとして立つことの重みを分析してみせ、観る者の感情移入を促す。
 さて、このサーブは成功するか否か。果たして本当にサービスエースが描かれるのか。
 もちろんこれが反撃のきっかけとなるべく、劇的な決定をさせるという展開もあるだろう。やはりここでもやっぷり間を取って、スローモーションを交えた描写でボールトスからジャンプ、そしてフローターサーブのボールが無回転で飛ぶ様子が描かれる。
 だがこのサーブは、ここまでの期待をまったく無視してネットにかかるのである。ここでも先ほどと同じ、コート内に静止した一瞬をつくって、この結末に呆気にとられる観る者の心情を掬い上げる。
 現実的には可能性の高い展開ながら、これは物語的には、アリなのだろうか? もちろんこの場面で期待に応えられなかった一年生の情けなさと悔しさと、そこから前に踏み出す心理的なドラマを描いてはいる。「すみません!」と謝る彼に、キャプテンの三年生が「次、決めろよ」と声をかけ、彼が泣き顔で「はい!」と答える。観客の女の子が「ピンチに突然出されて、失敗すると引っ込められちゃうんだ」「なんか可哀想…」と呟くのに答えて、くだんのOBが語る。
「ピンチサーバーはそういう仕事なんだ。その1本に試合の流れと自分のプライドを全部乗っけて…、そんで、タダシは失敗した。でも、今ここで自分の無力さと悔しさを知るチャンスがあることが、絶対にあいつを強くする。」
いささか通俗的ながら、やはりきわめて「文学的」である。
 だが、ゲームの展開としてこれでいいのだろうか? ピンチサーバーの投入の失敗で、さらに事態は悪化したのではないか?
 そうではない。彼の緊張にシンクロしていた選手が、この失敗によって緊張から解き放たれて、もう一度集中力と闘志を新たにするのである。「流れを変える」という当初の目論見はこうして逆説的に果たされたのである。

 緊迫した点の取り合いが、テンションの高い描写で続く。こぼれ球を足で拾ったり、レシーブに必死で顔からコートに突っ込んだり、快哉を叫んだり、歯ぎしりしたり。
 それでも相手の総合力の高いことが、遠ざかる及川の背中に手を伸ばす心象描写で描かれる。得点するとすぐ届きそうになるが、相手のアタックが決まってマッチポイントになった瞬間、届かずに宙を掴む。万事休すか?
 相手の速攻を肩口で弾いたボールがふわりと相手方コートに上がる。相手のチャンスだ。ネット際で待ち構える及川が、ダイレクトで押し込もうとジャンプしてくる。コースをコントロールされては、防ぐ手立てはない。スローモーションで及川の手にボールが近づく。
 だがこのシーンは前に観たことがないか?
 そう、及川の手と、そこに近づくボールの間に、下から差し込まれるのは、主人公の一人、セッターの影山の必死に伸ばした片手である。相手方コートに入るボールをワンハンドトスで自陣に引き戻す瞬間、及川の背中に再び手が伸びるイメージが挿入される。
 そしてかろうじて上がったボールに、影山の背後からせり上がってくるのはもう一人の主人公、日向の姿である。コートに落ちていく及川と影山のアップを挟んで、日向の体が画面手前に膨れていく。そしてもう一度、及川のユニフォームの背中を、今度こそ鷲摑みにするイメージが力強く挿入され、そこからはスピードを戻して日向のスパイクが相手コートに突き刺さる。
 ここで、冒頭のプレーが攻守を入れ替えて反復されるのであった。
 そうくるか!
 画面の中の会場の人々とともに、リビングの私と娘も歓声を上げている。
 なんともはや、見事な物語であり、それを高いレベルの演出と作画で見せる見事なアニメーションである。

 こうして長々と書いてきたが、これでも、正味18分ほどのこの回の物語の興趣の全てを掬い上げているとはとても言えない。まだまだ語り足りぬ面白さを横溢させているのである。これを観ている体験を再現しようと思ったら、たぶんまるまる「小説」として書いてしまうしかないような気もする。
 もちろん一方で小説として読むことはこのアニメを観るという体験とは別の体験を読者にさせるに過ぎないのだが。だからブログとしてはその体験を分析し、考察を加えてその面白さを伝えようとしているのだが、果たしてその目的は達せられたのだろうか。

 とまれ、とりあえずこの2本の記事を、「ハイキュー!!」鑑賞における同志である娘に捧げる。

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